内省的な自己反省

文字で伝えたいこと Twitter→@aoyagi_mmk

まわりまわるよ、君もわたしも

 

 

初めてジェルネイルをしたのは19歳の春、成人式の前撮りの数日前のことだった。浪人して1年遅れて大学生になったばかりの私はジェルネイルのことをよく知らないまま、母校の最寄り駅の近くにあるネイルサロンを予約した。ネイリストのお姉さんは、初めてのネイルサロンにおどおどする私にジェルネイルとは何かを説明してから、振袖の色や小物の色をヒアリングした上でデザインを提案してくれた。そしてネイリストのお姉さんは私の爪を見るなり言うのだ。「爪、短いですね!」

思ってもみなかった一言だった。振り返ればその時までずっと、深爪で生活してきた。それというのも私は四歳からピアノを習っていて、爪を短くするのが当たり前だったからだ。物心ついた頃から通っていたピアノ教室の待合室には「せんせいとのおやくそく つめをみじかくしよう!」と書かれた紙が貼られてあった。受験と浪人生活、もっといえば音楽で挫折してピアノから離れていたとはいえ、十年以上週に一度のペースで爪を切って深爪を保っていた習慣はそう簡単には消えない。深爪に施された赤いジェルネイルは少しだけ不格好で、けれど私の心をときめかせた。

それからというものの、私はジェルネイルを頻繁にするようになった。大学生になって初めて「推し」ができた私は、推しの舞台に合わせたジェルネイルをするようになった。続けてきた音楽(ピアノ、吹奏楽、合唱)を一切やめて純粋にお客さんとして楽しめる舞台は新鮮で、高校生の時に挫折でぼろぼろになっていた心が癒されるのを感じた。爪は相変わらず短いままだった。ある日の高校の部活の同期の集まりで、ピアノがうまい同期が私の爪を見るなり言った。「私ピアノやってるからネイルできないんだよね」その時私は、初めて本当にピアノを辞めたのだと実感した。もう二度とピアノなんてやるものかと辞めたくせに、少しだけ悔しかった。きっと、私を形成するアイデンティティの一つだったのだろう。

社会人になっても、相変わらず爪を短くする習慣が抜けなかった。仕事でパソコンをよく使うだけでなく、趣味の二次創作(※ジャンルは二次元)で小説を書くようになったこともあり、爪を長くする必要性を感じなかったからだ。しかし一つだけ例外がある。脱稿してからイベントまでの間は爪を伸ばすようになった。推しカプのイメージカラーのネイルをしたくて、少しでも大人っぽく見えるように爪を伸ばすことにしたのだ。一度脱稿してしまえばしばらく家でパソコンは触らない。長い爪で仕事で多少のやりづらさはあるが、意外と耐えられる。伸びた爪で顔の皮膚を引っかけないように気をつけながら、ネイルサロンの日程を迎えた。

オーロラネイルが施された爪はきらきらしていた。左手にはオレンジ、右手にはパープル。縦長に整えられた長い爪を見て、家で思わず「ヴィーナスプリズムパワー!メイクアップ!」と(ジャンルは違うが)左手を掲げて心の中で叫んだ。小さな頃、セーラームーンたちに憧れていた記憶が蘇った。その前の夏にしてもらったオレンジとパープルのマグネットネイルも気に入っている。

SexyZoneのドーム公演に入ったのはオーロラネイルをしてもらった翌日のことである。なぜか私は夏冬問わずコミケ(※私はコミケで推しカプの本をよく出している)の前にセクゾの現場が入るスケジュールになる。夏は熊本からの夏コミ、冬はドームからの冬コミ。もはや風物詩になりつつあった。夏も冬も一緒に入った友達が爪を見るなり「風磨とマリウス?」と聞くので、それもそうだけどコミケ合わせ!と答えるのが常になっていた。当の私は中島健人のオタクなので、爪をその色にした代わりにイヤリングを青にしたりブルーのコートを着たりしてカバーをしていた。コミケは百合で出てるから、ケンティーもレディファーストしてくれるかな、なんて。

だからまさか中島健人があのような決断をすることに心底驚いた。きっと私はこれからも、中島健人のうちわを持ってセクゾのコンサートに行った数日後、推しカプの新刊を携えてコミケに参加して長机にどんと座っているのだと思っていた。

 


閑話休題

 


この一週間で中島健人についてよく考えたけれど、彼は人を喜ばせる抒情的な言葉を生み出せる一方で、自分の運命のために自分なりの哲学とロジックで合理的な判断を下して飛び出せる馬力のある男である。そういうところに惚れたから、私は彼のうちわを持つことにしたことを思い出した。いつの間にか箱推しになってしまった分、辛いのだけれど。

偶然ではあるが、私はもうすぐ実家を出る。初めての一人暮らしだ。時期的に推しがグループを卒業するから一人暮らしを始めます!と言えそうなタイミングになってしまった。元々一人暮らしすることは去年の秋ごろから考えていて、原稿を優先した生活をしていたらこの時期になってしまった。実家からの引っ越しなので数日に分けて荷物を搬入しているけれど、6畳とはいえ意外と広い。ピアノが置いてある実家とは違い、新居はピアノの持ち込みは禁止である。その事実がまた少しだけ苦しかった。今度こそ、ピアノと本当の別れだ。

実は高校を卒業してから一度だけ、本格的にピアノを弾いていた時期がある。コロナ禍での就活中、ユーリオンアイスにどハマりした私は劇中で使われていた曲をどうしても弾きたくて五年ぶりにピアノの蓋を開けた。二次創作で小説を書き始める4カ月前のことだった。自分で小説を書くという選択肢がなかった私は、音楽で作品への愛を表現した。やがて鍵盤はパソコンのキーボードに、五線譜はワードの縦書きに変化して今に至る。形が変わっても、私は指先で何かを表現したいみたいだ。

だからきっと中島健人も、どんなことがあっても芯はぶれないだろうな、と考えるようにしている。彼はずっと革新的で変化を求める人間ではあるけれど、きっと、中島健人中島健人だよね!と言わしめてくれるだろう。そんな彼を、今から楽しみにしている。

彼にまた会える日を楽しみにしながら、今日は私も文章を書く。ネイルをオフした短い爪で。

 

 

 

【遠征の記録】SexyZone Live Tour 2023 Chapter Ⅱ 熊本公演

 

 

セクゾのライブに行ってきました。今回はなんと熊本!

 

f:id:chachachaduke:20230807194424j:image

 


いや〜〜〜楽しかった!公演はもちろん、ワンピースも大好きなので大満足の熊本遠征でした。

夏コミの原稿を優先させていたため1回しか行けなかったのですがいいご褒美でした。笑

ツアーが決まった時に「熊本」の文字を見て、尾田栄一郎先生の故郷だな〜宝野アリカ様もそうだな〜行けたらいいなワンチャンあるかな〜と思って出した矢先のことでした。都合が付きそうな日程は全て申し込んでいたので、なんという偶然!  入ったのは8/6の昼公演。5日に前乗りして少し観光してから当日を迎え、公演の翌日に帰りました。

 

▼1日目  前乗り

羽田から熊本へ!1時間半弱で着くので一緒に行った友人と話していたらあっという間でした。

 

f:id:chachachaduke:20230807194539j:image
f:id:chachachaduke:20230807194536j:image
麦わらの一味がお出迎え〜!!!!

 


空港からはバスで熊本駅へ。熊本の移動は原則バスか市電です。グランメッセも駅からバスでの移動です(公演日が近くなるとバスのチケットが買えます)。ホテルにチェックインした後は市電で商店街に行きました。

 


f:id:chachachaduke:20230807194615j:image

蜂楽饅頭 熊本上通店のコバルトブルーのかき氷!色は青いけどミルク系の味でした。一緒に食べた大判焼きも美味しかった!猛暑の東京からはるばる移動してきた身体に沁みる。

 

f:id:chachachaduke:20230807194943j:image


せっかくだから...ということで日が照る中熊本城へ。動線が分かりやすくてストレスなく天守閣まで行けました。

f:id:chachachaduke:20230807200640j:image
f:id:chachachaduke:20230807200637j:image

 


麦スト〜〜〜!!!!!!!!我らが尾田栄一郎先生の故郷の熊本店!!!!!ルフィサボエースがお迎え。

 


f:id:chachachaduke:20230807195129j:image

 

爆買いしてジャニショのレシートみたい!と突っ込まれるなど。

 

f:id:chachachaduke:20230807195223j:image
f:id:chachachaduke:20230807195220j:image


麦わらストアが入っているアミュプラザくまもと内にあった立て看板!

 

f:id:chachachaduke:20230807195249j:image
f:id:chachachaduke:20230807195246j:image

こっちはJR熊本駅。ワンピースだらけで嬉しい〜〜〜〜〜〜来た甲斐あった。

 


宿はこちらを使いました。

https://hotelthegate.com/


熊本駅と駅近くにあるバス停からすごく近くて便利!部屋ごとに天井がついていないタイプのカプセルホテルなので部屋でおしゃべりはできないけれど、寝るだけならここで十分。コスパもかなり良かったです。

f:id:chachachaduke:20230807195410j:image
f:id:chachachaduke:20230807195413j:image

ロビーがセクゾ仕様になっていて可愛かった!

 

▼2日目  公演


メインの公演!!!!会場に入った時からぶち上がりました。松田聖子、杏里、浜崎あゆみ篠原涼子小室哲哉、SPEED、広瀬香美といった懐メロ~平成ソングがひたすら流れていたのと、渋谷を象ったステージで一気にノスタルジックな世界に浸れました(赤ブーのイベント前か?と思ったのはここだけの秘密)。知っている曲が流れる度に懐メロ好きの友人と一緒に歌ってました。笑  それにしてもこれだけの曲をここで流せるまでのフロー、相当大変だったのではないだろうか...。

 


座席はセンステの近くでした。かなり縦長の会場だったためMCもセンステで!

 


どの曲もものすごく良かったのだけど、その中でも一番印象に残っているのが「再会の合図」。間奏でふまけんが並んでセンステ~バクステを歩いていたところにバクステ方面から差す照明がいい感じに当たって眩しくて神々しかったです。しかも!!!!その時に健人が風磨に肩ポンを!!!!!していて!!!!!!!!大収穫でした。

 


それからROSSO。自己プロデュースの天才である中島健人が自分の価値と需要を分かった上で作り出すソロは最高なのだと改めて思いました。あざとい!!!!ずっとあざとい!!!!モニターに抜かれる時の表情の計算高さも最後のルージュの引き方も天晴れ。

 

番組の告知でゲラな健人、健人を笑わせたい風磨も見られて大満足です。皆すごくラフで、煽りもセクラバのことを信頼してるんだな〜嬉しいな〜と思える公演でした!


公演終わりは熊本ラーメンを食べました。現場終わりのラーメンは本当に沁みる。

 

f:id:chachachaduke:20230807195627j:image


ケンティーが食べたのとと同じラーメン!!食べてる間にインスタに上がっていることに気付いてびっくり。

 

▼暑さについて

熊本はとにかく湿度と昼~夕方にかけての日差しに面食らいました。午前中は比較的過ごしやすかったのですが午後から一気に暑くなる感じ。昼公演の開場待ちも相当暑くなる覚悟をしていたのですが思ったよりも過ごしやすかったです。ただグランメッセ内の空調がかなり効いていたこと、その後のラーメンが異様に美味しく感じられたことから考えると気づかない間に水分と塩分を失っていた可能性大!


▼あって便利だったもの

https://twitter.com/3coins_news/status/1516959909329350656?s=46&t=Uk78RXmd_24zU0eoTosU3g
スリコのペットボトルクーラーが大活躍でした。

買ったらそのままインしていつでも冷たい飲み物が飲めます。朝9時半頃買って入れた凍った麦茶が、公演終わり(15時半頃)に取り出した際に10口飲めるか飲めないかぐらいしか溶けてなかったです!夏コミでも使おうと思います。

 

https://www.morinaga.co.jp/products/detail.php?id=PRD2016-07-0124


塩分は塩タブレットで補給!!ポリポリ食べられるから口がベタベタしない&塩分が身体に届くのも早い...気がする。帰りのバスで熱中症気味の眠気にやられた後食べたら回復したので多分効いてる。


https://maquillage.shiseido.co.jp/features/dramatic-mist-ex/


マキアージュのドラマティックミストEX。湿度が高いからか変な崩れ方はしなかった...けどテカリは抑えられた気がする!

 

 

こんな感じで無事に楽しめました!!!!!

熊本はご飯もおいしいしワンピースで溢れてるし何より飛行機で行けるしで本当に楽しかったです!!!!!!往復で飛行機を使う遠征は初めてでしたが、癖になりそうです。

セクゾの今の路線が大好きなのでドームでよりパワーアップした姿が見られるのだと思うと楽しみ!福岡のドームも行けますように!!!

 

 

 

 

感想文:映画『怪物』

 

『怪物』を観てきました。制作陣は一言も言及していない、むしろネタバレしないでほしいと言っている横でカンヌのクィア・パルムを受賞していることが見ようと思ったきっかけでした。この時点で最悪。どうせ文句を言うなら見てからにしようと、会社の帰り道に、観ている途中で具合が悪くなっても途中で抜け出せるように通路側の席を買って劇場入り。


感想を述べる前に、軽く私のことについて。私はいわゆるLGBTQ+の中に含まれるレズビアンです。女の人が好きな女です。だから恋愛感情を抱くのは対女性だし、創作をする際は女の子のキャラクターで書く機会が圧倒的に多い。女の子の方が解像度高く書けるし、楽しい。そういう人生を送ってきました。ただ、社会人になってから上司の「彼氏はいるの?」「男の人紹介しようか?」等の発言がきっかけでメンタルを崩して休職して、病院にもお世話になった経験があります。今回はその経験込みでの感想文であること、いちレズビアンとしての感想文であること、そしてこの映画がマイノリティ側にはこう映った、という見方としての感想文です。あらすじなどは省きます。

 

まずこの映画を「ネタバレなしで観てほしい」「前情報を入れずに観てほしい」と言えて、その状態で楽しめた人たちの中でどれだけ自分が特権階級にいること、安全な場所にいることに気付いているのだろうと思いました。すずめの戸締まり公開時に「緊急地震速報と似た音が流れる」「震災を思わせる描写がある」「だから無理しないでね(意訳)」と公式からアラートを出していたと思うのだけど、今作にも同様にアラートを入れてほしかった。私はあらかじめ他の方の感想等を覗いてある程度覚悟を持って観て、それでもしんどかったけれど、本当に何も知らない私と似た境遇の方が見たらどうなるんだろう、制作陣はやっぱりこの世界で生きるマイノリティのことは考えていないのかな、なんて思いました。いい加減私たちのことを創作のダシにするのやめてもらえません?ってなるよこんなの。

 


物語は3つの章に分かれて進みます。湊の母を軸にした章、湊の担任を軸にした章、最後に湊と依里を軸にした章。3つの異なる視点から、それぞれに見える世界は当たり前に異なることは勿論、学校という組織が組織として機能していないことの酷さ、コミュニケーションの齟齬とそこから生まれる綻びを描きたかったのだと思う。私たち観客は、それを三人称の視点でありがたくも「面白く」目撃することになる。目撃することが許される。なぜなら私たちはスクリーンの向こうにいる安全な観客だから。実際に映画としては面白かったのだと思う。

けれど、エンドロールが終わった後に「この物語の中におけるあらゆる要素が現実世界の問題と地続きであることに、どれだけの人が気付くのだろう」と考えて、落ち込んでしまった。湊と依里の関係を、『怪物』という物語の中にだけ存在する「美しいなにか」で留めている者も多いのではないだろうか。そう考える度に、具合が悪くなる。

 

『怪物』は、制作陣なりに踏み込んだのだと思う。けれども制作陣がそれについて一切言及しないこと、「人間が持つ普遍的な感情」と言い切ってしまうこと、あらゆることに落胆する。それは劇中に湊と依里のアイデンティティと関係性を肯定する大人が出てこないことにも言えることだ。むしろ「病気」扱いする大人も出てくる。実際問題未だにそういう見方をする大人も大勢いるんだと思う。私も当たり前のように異性愛者として話を吹っかけられた経験があるから。それでもやっぱり肯定してほしかった。肯定の描写があることによってどれだけの人が救われたかな、なんて思ってしまう。唯一の救いは、湊と依里が生きていたことだ。悲劇的な終わりを匂わせるシーンから一転、最後のシーンで光の中を駆けていく二人はとても眩しかった。だからこそ、彼等のことを肯定してほしかったし、悲劇なんて知らない世界に連れ出してほしかった。

 


私はこの映画のタイトルが『怪物』である理由が未だに分からない。『怪物』が劇中で何を指すのかが分からなかったからだ。唯一心当たりがあるとすれば湊が教室中を蹴散らすシーン、もっと言えば湊がそうせざるを得なかったほど湊の心の中に渦巻く感情を指すのかもしれないと思ったけれど、その感情そのものを『怪物』と名ラベリングするのはあまりにもナンセンスだ。だから私は、私を含めて『怪物』と名乗らせたがる大人を『怪物』と呼ぼう。

 


それにしても湊と依里を小学校五年生に設定したのは良くも悪くも絶妙な采配である。湊と依里の感情や関係性について大人たちは言い逃れしやすいのだろう。だから簡単に「人間が持つ普遍的な感情」と言えてしまうのだろう。小学五年生といえばまだ自己が確立されていない、自分の感情を明確に言語化するには語彙も経験も浅い時期かもしれない。けれどそれに甘んじて全てを曖昧にすることは、未来ある子ども達への冒涜ではないだろうか。湊と依里は自分たちのことに気付いていただろう。現実世界でも早い子は既に気付いているだろう。まだ気付いていない子ども達だって、数年の時を経て気付くだろう。だからこそ、強く強く、肯定してほしかった。

 


私の周りでも『怪物』に興味を持って観に行っている人がいる。インスタのストーリーで軽く感想を述べている人もいる。個人の感想はそれぞれあっていいと思う。けれど明らかにマジョリティ側にいる人の「面白かった」だけで終わる感想文に落胆して、絶望する自分がいる。だからどうか、『怪物』という物語を「美しいなにか」だけで終わらせてほしくないと切実に思う。

 

 

いつかその感情を、恋だと肯定できるその日が来ることを願っている。

 

 

2022年、私のハイライト―SexyZoneドームツアー「ザ・ハイライト」に行ってきた話―

 

今年も残すところあと僅かとなりました。今年の巨大感情は今年のうちに整理しておきたいので、文にまとめます。もし良かったらお付き合いいただけると嬉しいです。

 


2022年は個人的に本当に色々なことがありました。

会社の上司のセクハラとパワハラがきっかけで、初めて心療内科を受診した1月からスタートしたこの1年。治療をしても埒が明かずに休職して、療養中に自分がレズビアンであることを自覚した春。アリーナツアーで3年ぶりにSexyZoneと再会して、主治医から寛解を告げられた夏。葛藤の末自分自身のことを受け入れて動き出した秋と冬。心身共に負担の大きい1年だったけれど、ほんの少しだけ強くなれた気がします。そして12月後半。一年の締めくくりにSexyZoneのドームツアーに3公演ほど、東京の2日目と大阪の2公演にお邪魔してきました。

 


東京公演は風磨担のお友達と行ってきました。

 

f:id:chachachaduke:20221228163627j:image

 

PAGES以来3年ぶりの連番。あの頃は二人ともファンサに一喜一憂して、夜行バスを乗りこなして全国各地を飛び回り、お揃いコーデで参戦してたりして、とにかくエネルギーの塊でした。思い出話をしながら「あの頃は若かったね」なんて言いながら開演前を過ごしました。当時学生だった私も今は社会人。お互い翌日は仕事だったので、公演が終わったらサクッと帰ろうね!となったところに時の流れを感じました。

 


座席はいわゆる天井席だったけれど、入れただけでもう十分。むしろ団扇を持たずに双眼鏡で野鳥の会に専念できました。これが意外と楽しくて、次のドームに備えて防振貯金を本気で考え始めました。天井席でも十分に楽しめるセットと照明と構成で、セトリも懐かしい曲でいっぱい!あの頃の衣装を今の彼らが着て歌って踊る姿はオタクが見た夢かと思いました。みんな大きくなったね・・・

 


初めて見た回は1曲ごとの記憶が飛んでしまっているのだけれど、夏のハイドレンジアはよく覚えています。すごく良かった。ケンティー、映画関連のお仕事などであれだけ忙しい中で弾き語りの練習をしたのかと思うと本当に頭が上がりません。5万5000人の前であんなに堂々とピアノを弾くケンティーは一生の憧れです。私もハイドレンジア弾いてみようかな。ずっとずっとピアノを続けているケンティー、本当に尊敬です。

 


話は逸れて名脇役。本当にびっくりしたのだけど、自分の恋愛に当てはめて泣いた曲はこれが初めてかも。名脇役自体ドームで久々に聴いたから新鮮だったのだけれど、数年ぶりに聴いた名脇役は、もしかしたら同性愛者の恋愛を歌っているのかもしれないという印象を受けました。治療の過程で過去の恋愛を思い出しては自分の中に落とし込む、という作業をしていたためおそらく解像度が自分の中で勝手に上がっていたのだと思います。曲中本当に苦しくて潰れそうになったけれど、報われない気持ちを大好きな人達が歌ってくれたことによって勝手に救われていました。ありがとう。それから私も恋愛の曲を自分の恋愛のこととして受け取れるくらい歳を取ったことにその時初めて気づいたのでした。

 


閑話休題

 


聡くん。私は聡くんの真っ直ぐで熱い言葉が大好き。

「私も」なんておこがましい表現なのは承知で言うけれども、私も病気で仕事をお休みして戻って来た身なので聡くんの痛みや葛藤がほんの少しだけ分かります。けれど聡くんの口から紡ぎ出される言葉の隅々から、お休みしている間も沢山自分自身と向き合って色んな感情と闘って自分のことを受け入れて、その上でまたステージに戻ってきてくれたのだということが伝わってきました。

「僕からSexyZoneを取ってしまったら、僕は僕でなくなってしまう」聡くんは言いました。そんなことないよ、君は君のままでいいんだよ、と思わず言いたくなってしまったけれど、それを言ってしまうと聡くんの決意を否定してしまう。だから私は「僕たちにこれからも着いてきてください」と言ってくれたSexyZoneの松島聡くんを、心の底から応援したい。聡くんとは実は同い年で、私の病気も似たような病気だったので勝手に戦友だと思ってます。だからこれからも思ったことや感じたこと、素直に教えてね!私はずっと、聡くんの味方だよ。

 

 

 

大阪公演は大学時代からのお友達の健人担と。

f:id:chachachaduke:20221228163711j:image

SexyZoneについて知るようになったのは彼女がきっかけでした。私もお友達も社会人なのに異様に明るい髪色で、なんなら学生時代よりも明るくなってたかも。お互い社会人になってもゴーイングマイウェイなところに居心地の良さを感じました。24日の公演が終わった後、コンビニでホールケーキを買って夜中ホテルで二人で完食したのもいい思い出です。

 


初日はスタンド席、オーラスは生まれて初めてビスタ席に入りました。ここから見えるペンライトの海が本当に綺麗でした。ビスタ席に入らないなんてもったいない!

 


勝利くん。ずっとずっと、何度も何度もありがとうって伝えてくれました。次の夢、絶対叶えようね!!!!!!!!!!!!

 


ケンティー。24日の挨拶で「クリスマスイブだし甘々なこと言ってもいい?」「会話のないデートなんてなくない?」と言ってリアクションを促してる姿を見て、だから私は中島健人のことを好きになったんだな、と思いました。夢を見させてくれるアイドルのプロ。いつも予想外のことをして驚かせてくれる人。会う度にどきどきする人!私はそんなアイドルを全うする彼を、これからも見届けたい。

25日には「今年も1年間、よく頑張ったね」と言いました。冒頭でも書いた通りこの1年間は本当に本当に辛くてしんどい期間が長くて、だからこそケンティーからのこの言葉が染み渡りました。そしてその言葉を素直に受け取れるようになれたのも嬉しかった。この言葉を聞くためにこの一年間を乗り越えてきたんじゃないかな、とすら思えました。私は今年もアイドルに生かされていました。ありがとう。

 


風磨くん。「SexyZoneに着いていけない時もあるかもしれない、でもせめてもう少し着いてきてください」と言いました。私はこれに思わずはっとしました。去年の10THアニバーサリー―コロナで全然現場に行けなくなってしまい、SexyZoneから完全に心が離れてしまった時のことを思い出しました。ちゃんと追っていればもっと喜べたかな、もっと楽しめたかな。どうして離れてしまったのだろうと後悔しました。ダブルアンコールのChange the world もほぼ初めて聴いたも同然で、(10THの配信で一度聴いた以来?)それが唯一の心残りでした。けれど「10年20年30年経ってそうしたらまたみんなでハイライトを振り返ってみませんか?」の言葉を受けて、今日この瞬間だって素敵なハイライトの一部なのだと思えるようになりました。風磨君はいつでも私たちのことを迎えてくれて、自分たちがハイライトの一部になれているかを気にかけてくれる存在。「少しでもみんなの心の中のハイライトになっていれたら嬉しい」の言葉に甘えて、好きな時にまた遊びに来るね。泣きそうになりながらDreamを紹介した後すぐにぷいっと目を逸らした風磨くんは、ほんの少しだけ弱く見えた。けれどみんな強くなったから、きっと大丈夫。

 

 

 

マリウス!!!!まずはおかえりなさい。元気そうで安心しました。セクベアの声マリウスだったんだね。みんなでドームに立っていたことを嬉しく思います。アイドルでいてくれてありがとう。最後にみんなの前で集まってくれてありがとう。マリウスが卒業するのは本当に寂しくて、でも5人でいる姿を昨日から沢山見せてくれることが嬉しくて、感情が未だに定まりません。大阪遠征の疲れもまだ完全に取れてないのに!笑 5人で集まる姿はあの頃見た姿そのままで、私たちが観測できていなかっただけで5人はずっと繋がっていたんだなあ、と思いました。

自分と向き合ってアイドルを続けることを決めた聡くんの選択も、新たな夢に向けて進む決意をしたマリウスの選択も平等に正しくて尊い。だから私は、精一杯のエールを送ります!ずっと応援しているよ。だからあとほんの少しだけ、感傷に浸らせてね。(と思っていたらセクシールーレットのストーリーが投稿されていてまた感情が忙しいよ!)

 


この1年を通して、時の流れと共に人は変わるということを痛感しました。環境が変わり、自分も変わり、思うことも変わる。けれどそんな中でもSexyZoneという帰る場所はここにある。その事実を抱きしめながら残り数日を過ごしたいと思います。SexyZone、大好だよ!!!!

それでは皆さま、佳いお年を。

 

運命はいつでも傍で待っている―母と私とニコ・ロビンについて―

 

 

テレビの画面には、1人の少女とその母親と思われる女性。少女は母親の頬に、鼻に、優しく触れる。少女を見つめる母親の眼差しを、今でもよく覚えている。

 


私が唯一しっかり覚えているワンピースのアニメのとあるシーンだ。実はワンピース自体20年以上縁がなかったのだが、その時は偶然、本当に偶然その回を、ほんの少しだけ見ていた。放送当時私は8歳か9歳。ロビンがオルビアと再会した時の年齢と大差なかったということを知ったのは、つい最近のことだ。

 


当時私はなぜか、そのシーンを他人事ではないと思った。もっと幼い頃にワンピースを流し見ていたこともあり、深緑の髪の毛のお姉さん(オールサンデー)が敵役なんだろうな、そしてこの子はその幼少期なんだろうな、という認識は既にあった。けれどそれにしても壮絶すぎる過去ではないか?という印象が、ほんの数秒の少女と母の回想シーンを見た時からずっと残っていた。

 


記憶を辿ると、私はそのシーンを見た直後に父と病院へ向かったことを覚えている。入院中の母との面会のためだった。所謂閉鎖病棟と呼ばれるところだった。

 


私が小学校2年生から5年生の間、母は入院していた。長期入院が主で、退院してもすぐに病院に戻ってしまった。病院に戻る時は大抵、市販薬を大量に飲んだ時か家族に向かって包丁を振り回した時かの2択だった。

 


救急車に運ばれる母を見る度、祖父母に向かって怒鳴りながら何か物を投げる音が聞こえる度、私は隠れて泣いた。大好きで、元気だったお母さんはどこにいるの?ねえ、どうしちゃったの?私何か悪いことした?普通の幸せをください。そんなことを考えながら静かに泣いた。テレビに映る少女とその母が印象深かったのは、幼い頃の私と母とを重ね合わせていたからかもしれない。

 


私は母のことを諦められなかった。

勉強と、習い事のピアノ。とにかくこれらを極めることに必死だった。

私が傷つかないように。

母親がいなくても普通の子でいられるように。

入院している母が後ろ指を刺されないように。

そして何より、元気になった母に褒められるように。

 


けれども母は姿を見せてくれなかった。

退院した後私が伴奏をやった合唱コンクールには「体調が悪いから」と来てくれなかった。授業参観にも。寝込む母を必死に起こしても起きてくれなくて絶望した合唱コンクール当日の朝のことを今でもよく覚えている。

 


いつの間にか、私は母のことを「お母さん」と呼ばなくなった。

 


私の静かな反抗期は母の退院後、中学から高校に渡って続いた。摂食障害になったり高校のカウンセリングに定期的に通うようになったり成績不振になったり等々、人生のどん底にいた。

「いい子」を演じて痩せることに執着していたことも、かなり無理をして難関校を受験して燃え尽き症候群になったことも、元をたどれば「母に認められたかった」のだと、今になって思う。

 


そんな母への態度が変わったのは、紆余曲折を経て大学に進学した後、就職してからのことだった。

新卒で入社した会社でパワハラとセクハラを受けた。会社に行くのが怖くなり、身体に症状として出始め、気心の知れたフォロワーに紹介してもらった心療内科で初診を受けた日のことだった。どんな症状があるのか、どのような治療を受けたいのか。そんなやり取りをした後、参考になるのではないかと母が飲んでいる薬を主治医に伝えると主治医はこう言った。

「お母さんに似て、セロトニンの分泌量が足りないのかもしれませんね」

にこやかに、軽やかに主治医は言った。

母と私は、泣いても笑っても母娘だった。

その日の帰りの電車の中、私はマスクの下で涙が止まらなかった。

 


ちゃんと働きたいのに、心と身体が追いつかない。そんな自分が情けない。もしかしたら母もこんなもどかしさや辛さを抱えながら私たち子ども3人を育てていたのかもしれない。

病気を抱えながら、不安を抱えながらの先の見えない子育てはどれだけ孤独だったのだろう。仕事は失敗してもどうにかリカバリーできるけれど、子育てでは命を預かっている。母は私の何倍も重い症状を抱えながら、私の何倍も難しいことをこなしていたということを、皮肉にも病気になってから知った。うちのお母ちゃんは強いんだぞ、そう思いながら私は泣いた。

 


そんな私がワンピースと再会を果たしたのはそれから約半年後の夏のこと。もうすっかり元気になり、職場に復帰してしばらく経つ頃だった。

Film REDの評判が私の周りですごく良かったので、これも経験のひとつだということで見に行くことにした。20年近くまともに触れていなかったので、YouTubeにアップされていたルフィとシャンクスのエピソードを見て、弟に麦わらの一味の登場人物の顔と名前を教わってから劇場に向かった。ロビンが麦わらの一味であること、髪型が変わっていたこと、声優が私の大好きな山口由里子さんであることをこの時初めて知った。

 


それからの私は早かった。映画の帰り道に単行本を買い、読み始めたのだ。2日後にはIMAXRED2回目を決めた。さらにその2日後には夏コミで気になるCPの同人誌を手に入れていた。天啓だった。

 


とにかく私は、あの時見た深緑の髪の毛の女の子―ニコ・ロビン―について知りたかった。アラバスタ周辺で「この子、知ってる!」となり、無我夢中で読み進めた。オールサンデーという呼び名があったことを知ったのはこの時だった。

 


そして待ちに待った41巻。表紙の白い髪の毛の女性。とても見覚えのある、懐かしいひと。

 


分かる。痛いほど分かってしまう。

もちろん勉強が大好きなことは前提だけれど、お母さんに認められたくて考古学者になったロビンものことも。罪人の子だと分かれば自分の子がどんなことになるのか分かっているからこそ自ら娘に触れてこなかったオルビアのことも。この2人の関係は、私の母の病気のこととと自分の病気と向き合ったからこそ分かったのだと思う。もしも10年前にこのシーンを漫画で読んでいたら、きっとオルビアのことを酷い母親だと思っていたかもしれない。けれど今なら分かる。オルビアはロビンを愛していたからこそ、自らオルビアから離れていたのだと。それでもずっとロビンに会いたかった、忘れる日など一度もなかったのだと。

 


それと同時に、カウンセラーが私にかけた言葉を思い出した。「お母さんは悪くない、悪いのは病気で、病気がそうさせているだけ」「お母さんはあなたを守るために、自ら入院する道を選んだんだよ」「お母さんもきっと、あなたの見えないところで泣いていたはずだよ」

どの言葉も聞いた時はしっくりこなかったけれど、今なら分かる。きっとそれが母にできる最善の選択肢だったのだと。この観点を持つと、オルビアのことを否定することなんてできなかった。

 


私はきっと、ニコ・ロビンに救われたかった。もっと早く原作と出会って、ロビンと共に成長したかった。ロビンだけでなくサンジやナミのように、母親との別れを経験しても強く生きている彼らに励まされたかった。けれどオルビアのことを考えると、今このタイミングで出会うのが一番良かったのかもしれない。母親を恨み倒したアスカ・ラングレーに共鳴していた10代の頃の自分を思い出すと尚更だ。私はまだまだ半人前だ。

 


不思議なことに、ワンピースを読んでから母親になることも悪くないと思うようになった。特段願望がある訳ではないけれど、母親になることに対する恐怖は少し薄れたように思う。ワンピースに出てくるお母ちゃんはみんな強くて美しい!そして私のお母ちゃんも最強なんだ!だからもう少し、自分の人生と向き合ってみようと思う。少年漫画をきっかけに人生観がガラッと変わる日がくるとは思わなかったけれど、だからこそ人生は楽しいんだ!

 


25周年おめでとう、ワンピース!

25歳おめでとう、私!

そしてこれからもよろしくね。

 


同じ年の7月に生まれたワンピースと私の、これからの航海に幸あれ!

 

 

 

普通の日があるからこそ、特別な日って輝くんだ ~Sexy Zone TOUR 2022 ザ・アリーナ~

 

 

お久しぶりです!今回は久々の現場レポと感想です。ネタバレあります。7/2 新潟昼の部です。

ジャニーズのコンサート(現地)は2020年のSiXTONES以来、セクゾに関してはPAGES以来なので3年ぶりの現場でした。コロナとそれによる別の趣味でだいぶ離れてしまったんですけど、今回アルバムのコンセプトがとても好きだったので思い切って参戦。

 

f:id:chachachaduke:20220703160415j:image
f:id:chachachaduke:20220703160409j:image
f:id:chachachaduke:20220703160412j:image
新潟、ということでゴールデンカムイの子達も連れてきました。

いごねりは残念ながら売ってなかったので佐渡のコーヒーを買いました。苦味が少なく酸味があり、爽やかな味!

f:id:chachachaduke:20220703160516j:image


日本海側は日差しが強く、しかしからっとしていて風が吹くと涼しい!

高温多湿の盆地の民なので、一緒に来た盆地フレンズのお友達と「移住したいね~」なんて言いながら徒歩で朱鷺メッセへ。


紆余曲折を経てチケットを発券。とんでもなく良く見える席だったので二人して震えながらその時を待ちました。セットがちょいレトロな歌番組風で可愛い。今となってはお馴染みのセクベアリズムゲーも手が震えてまともに手拍子ができない。そんなこんなでスタート。


「SUMMER FEVER」

1曲目はこれ!だよね~。今回のアルバムの中で一番好きなナンバーなのでシンプルに嬉しい。

あとあまりにも久々の再会だったので「い、いる・・・!」ときょどってしまった。ツアータイトルのロゴのライトから出てきて神々しかった。その次に続くDesiteriaもセトリ順として大正解。


「Heat」

これまた大好きな曲!なのだけどこの時にケンティーが通路で目の前に来て死ぬかと思いました。誇張なしで世界で一番ケンティーの近くにいた。お友達(健人担)は椅子に倒れてました。私もしばらく放心してた。ケンティー、お肌つるつる。汗が光り輝いてた。


Sexy Zone,君にHITOMEBORE,麒麟の子」

出ました歌番組メドレー!昭和アイドル風の編曲,シンセ,衣装。何を取ってもすごく良かった。音源欲しい。ひっとめぼれ〜ひっとめぼれ〜

セクゾはデビュー曲はアンコールで決意表明のように歌っていた印象だったのだけど、今回は楽しくメインメドレーに入れていたので曲に対するイメージも少し変わったかも。


「THE FINEST」

制限時間付き生着替えの後は気を引き締めてアルバムトラックへ。トレンディーな振り付けが楽しい(すぐ踊り出すオタク)。


「RTT」

通路に風磨!!!!風磨からハンドクラップをレクチャー。ちょっとミスってて可愛い。モニターに映る譜面を見たいけど風磨を見たいから見れない。リズムが分からない。ジレンマ! でもRTTの曲に合わせるとなんだかんだ打てるようになる。音楽経験者の意地VS風磨。


Freak your body」

ド派手な衣装で登場。暑そ・・・と思っているとセンステの床から湧き出る水を蹴る振り付け!衣装は暑そうだけど演出は涼しそうでした。どんな生地使ってるんだろう。


Lady ダイヤモンド

昭和アイドルの寝起きドッキリ風の映像の後、女装したセクシーちゃん達登場。待ってました。オタクは女装に弱いんだ。レディダイのキラキラサウンドと女装,女性性の高い演出の相性は最高。リリース当初よりも2音下がったレディダイも今となっては憂いと哀愁のバランスが絶妙。


「休みの日くらい休ませて」

スーツで登場! エンディングのクレジットの衣装協力には「AOKI」の表記が。

思ったけどこの曲、歌詞の内容的には管理職のぼやきに近い気がする。

セクシーちゃん達も若くして11年目で中堅の立ち位置。きっと大変なことも多いだろうけれど、でも今回のコンサートは全体的にいい意味で肩の力が抜けた、ラフなコンサートだったと思う。


「ぎゅっと」

突然の自分語りなんだけど、私にとってこの一年は、普通に就職して誰かと結婚して普通に帰って普通に眠ることがこんなにも難しいなんて、と思った一年でした。だからこの歌詞を聴いた瞬間すごく悲しくなってしまって。でも風磨くんが「普通ってなんでしょう? でも普通があるからこそ今日のような特別な日が輝くのではないのでしょうか」と言ってて。「普通」に縛られて悲しくなるのが私の「普通」で、だけどコンサートの瞬間だけは「普通になりたいともがく私」を忘れられる、大事な瞬間なのだと感じました。やっぱり私は「ぎゅっと」が大好き。


「Foevr Gold」

「世界からアイドルが消えた」という衝撃的なニュースから始まる映像。(これはひょっとしたらコロナの隠喩ではなかろうか、と今になって思う)

会社員になった健人、風磨、勝利、聡はそれでも表現したい!という思いを胸に日々を送る。ある日、アイドルに変身できるカードを見つけ、彼等は走り出す。→ステージに登場、という流れ。

変身シーンのバンクがやたらと凝っててめちゃくちゃ湧きました。Sexy Zoneってプリキュアだったんだ・・・


演出

昭和の歌番組風で、ステージ上部に曲目を示すパネルがあるから分かりやすい。

ネオンがおしゃれ。

ラストは「Dream」。夏の夕暮れ風にオレンジのライト。泣いちゃう。セクシーは夏と相性がいいね。


MC

ケンティーのMCで印象的だったのは、合間のMCの団扇の風で俺たちの吐息を感じて欲しい、的な発言。相変わらずでした。いつも汗だくで全力なアイドル!

聡ちゃんの耳元~うなじにかけて貼ってある星型のシールを見て「あと4つ揃えば神龍が出てくる!」と言っていて、時折見せる少年のような一面が彼の人間らしさをより引き立てていたと思います。すごくラフ!これからも彼を見る度にラフとラブを思い出すんだろうな。


勝利くん。センターだから完璧でいなきゃと思い悩んでいたのだそう。けれど尊敬する先輩の背中を見て、余裕があるのって格好いいと気付きを得た、と。もっと力を抜いていいんだよ!


特に印象的だったのは聡ちゃん。合間のMCでも言ってたけど、聡ちゃんはとにかく家族連れの方や子どもに優しかった。お水飲んでねとか、家族連れ増えたね~とか。

「僕は数あるお仕事の中でもコンサートが一番好きです。みんなはテレビや雑誌を通して僕たちに会えるけど、僕たちが直接会えるのはコンサート。(略)今日来てくれたちっちゃい子達が、将来大きくなった時にSexy Zoneのコンサート行って、すごく楽しかったんだ、と言ってもらえるようなアイドルになりたい」(ニュアンス)的なことを話していました。実は聡ちゃんとはこの日が初めましてだったのだけど、聡ちゃんから直接コンサートが好きという言葉を聞けて嬉しかった。健やかでいてね。

 


それと、今回の記事のタイトルにした風磨くんの言葉。「今日は特別な日だけど、たとえ普通の日でもその普通に寄り添えるようなグループになっていきたい」 これに尽きる。とびきりのおしゃれをして大好きな人達に会うコンサートも大好き。だけど毎日の通勤で聴くセクゾの音楽も大好き!やっぱりセクゾのことが好きで、日常に寄り添う彼らのことをもっと大切にしたい、そしてそのためにも自分のことももっと大事にしたいと思いました。


全体的に肩の力が抜けた良いコンサートでした。私の熱量が落ち着いたというものあるけれど、なんというかカップル解消後の二人が偶然街中で出会ってお互い元気そうにやっててよかった、という感じ。

世の中不確定なことが多くて、私も年を取る度に好きなものが移ろっていく。そんな中でもこうしてコンサートを行えて、お互いに会えることってこんなにも幸せなんだなと思いました。とっても満足です! 年々成長していくセクシー達とまた会える日が楽しみです!

 

 

p.s.

auだったので電波障害をもろに食らって焦ったけれど、行きの新幹線のWi-Fiでデジチケを表示してsafariのリーディングリストに登録して事なきを得ました。二次創作もチケットも紙が最強。

 

現実はがむしゃらに来るし―鯉登少尉と、ゴールデンカムイに救われた話―

 

 

白馬の王子様がいると本気で信じていた。

幼い頃に一番好きだったディズニープリンセスは白雪姫。寝ていれば迎えが来ると本気で信じていた。

ジャニーズで担当を名乗っているのはSexy Zone中島健人。彼も王道の王子様キャラである。彼もといジャニーズに興味を持ったのはキンプリがデビューして間もない頃。それまでのジャニーズでよく見かけていた、ちょっとやんちゃだったり近所にいるお兄さんのようなコンセプトのグループには一切興味を示さなかったけれど、シンデレラガールのMVを見た時にやっと時代が追い付いたか、と生意気にも思った。


そんな「王子様」が好きな私はある日を境に王子様を信じなくなった。

きっかけは高校生の頃、少女革命ウテナとの出会いだった。当時はまだ白馬の王子様がいると本気で信じていて、主人公のウテナが「王子様に憧れるあまり王子様を目指す」という物語に心酔した。女の子が王子様を目指す。女の子だって王子様になれる。同時進行で美少女戦士セーラームーンセーラーウラヌスもこじらせていたので、期待値はうなぎ登りだ。

しかし現実は甘くなかった。ウテナはどう足掻いても「女の子」だった。女の子は王子様になれないことを視聴者である私に叩き付けた。ドレスを着たウテナも、男に抱かれているウテナも、劇場版のラストでウテナとアンシーが向かう先には地獄が待っていることも、全て現実だった。

女の子は男の子の飾り物。もし女の子が王子様になれたとて、「お姫様」はお姫様のまま。大人の男は信用ならない。男の子が全員王子様になれるとは限らない。

私の思春期は、ウテナによって叩き付けられた現実と共に幕を下ろした。

とはいえ私は少女革命ウテナの物語が大好きだ。人生のバイブルでもある。けれど同時に、私の人生観を一筋縄にはいかないものにした。深くは語らないけれど、大学でジェンダーを勉強したり、百合小説を書くきっかけにもなっていたと思う。


私の一筋縄ではいかない思想もあってか、社会人になってから社会とのギャップでメンタルが持たなくなり休職した(というか普通にセクハラだった)。ゴールデンカムイ(以下:金カム)との出会いはそんな時だった。

TLで見かける「鶴見」「月島」「鯉登」の文字列が美しいと思ったのが興味を持ったきっかけだ。

この時は人生で1,2を争うレベルで具合が悪くて起きるのもやっとだったけれど、作中序盤の美味しそうなグルメと小学二年生の男児が喜びそうな下ネタで笑えたことが何よりもの救いだった。金カムを読むことしかできなかったけれど、金カムを読むことならできた。

その中で最も好きなのは鯉登音之進。彼の第一印象は鶴見・月島との関係性込みで「百合じゃん!!!」。序盤の鶴見・月島・鯉登の並びはマリア様がみてるのそれだった。鯉登の、鶴見中尉のことを盲信してブロマイドを持つ姿も、鶴見を目の前にして早口の薩摩弁になってしまうのも、女子校育ちの身としては心当たりがあり過ぎて親近感が湧いた。曲芸をさらりとこなす姿はジャニヲタ経験者の心を擽った。

しかし鯉登は次第に鶴見の行動に疑問を持つ。鯉登は自身と月島、自分の部下達が鶴見中尉の芝居によって巻き込まれたのではないかと疑うようになる。

鶴見の思うがままに動く月島、それを開放したい鯉登。鳳暁生・姫宮アンシー・天上ウテナの構成と気付いた頃には、金カムと並行してドストエフスキーを読めるくらいには元気になった。

物語の解釈のいろはをウテナで学んだ私は、ことあるごとに彼らの関係性をウテナに例えて解釈した。何度考察しても、鯉登はウテナ、月島はアンシー、鶴見は鳳に辿り着く。鶴見中尉という王子様に出会い救われた鯉登少年は鶴見中尉のような王子様を目指した。月島は鶴見中尉という王子様に救われ同時に雁字搦めになった。

鯉登は「王子様」を目指す中で自分の道を切り拓く。自分の信じた鶴見中尉という「王子様」の像を疑い、切り捨て、月島を救い出し、光へと突き進む。鯉登は自身を、月島を、第七師団を、革命した。

自分の信じてきたものを曲げて新たな道に進むことは非常に困難だ。だって今までの人生を全否定するようなものだから。それを受け入れてでも部下のために前に進む鯉登少尉のことを、私は心の底から祝福したい。


冒頭で私は王子様を信じられなくなったと言ったけれど、鯉登は私の世界をも革命したのかもしれない。王子様は、ヒーローは、存在する。たとえファンタジーの中であろうとも、存在する。鯉登少尉が私の中で痛快で堪らなかったのは、かつてウテナが叶えられなかった「王子様になる」という夢を、鯉登自身が叶えたからだろう。鯉登は男の子だから王子様になり得たと言われたらそれまでだ。しかし男の子だからと言って全員が王子様になれるとは限らない、ましてや闇堕ちと隣り合わせの世界で光の道を選んだ彼のことを、私は一生愛するだろう。


鯉登少尉だけではない。作品そのものが私への救いだった。男性のコミカルな描かれ方を見て、「男のことを笑ってもいい」という許しを学べたことは今後の人生に役立つだろう。会社でむかつくことがあったって、裏で上司のことを笑い飛ばしてやればいい。ばれない程度に馬鹿にしたっていい。こうして嫌なことを吹っ飛ばして社会とうまく付き合うのがこの世で生き抜くためのコツなのだと、金カムを読んで学んだ。体調はすっかり良くなった。復職の日も近いだろう。


休職のタイミングで金カムと出会えたことは幸いだった。本当に本当に救われた。人生の見方が変わった。久々に推しもできて、毎日が楽しくなった。お金を稼ぐ理由もできた。少し前までは出かけるのもやっとだったけれど、今はおしゃれをして金カム展に出かける日が待ち遠しい。お金を貯めたら北海道へ旅行に行くつもりだ。夏にはセクゾの新潟遠征が決まっているので、現地で鶴見・月島・鯉登も感じられたらいいな。


兎にも角にも、金カムが私の人生を語る上でなくてはならない作品になったことは確かだ。休職中に金カムにどハマりしたことを思い出のように話せる日を今から楽しみにしている。ゴールデンカムイという作品に出会えて、私は今とても幸せです。ゴールデンカムイと野田先生と物語を彩った彼らに、ありったけの感謝と拍手を!まだ読んだことのない人は、この機会にぜひ。