内省的な自己反省

文字で伝えたいこと Twitter→@aoyagi_mmk

普通の日があるからこそ、特別な日って輝くんだ ~Sexy Zone TOUR 2022 ザ・アリーナ~

 

 

お久しぶりです!今回は久々の現場レポと感想です。ネタバレあります。7/2 新潟昼の部です。

ジャニーズのコンサート(現地)は2020年のSiXTONES以来、セクゾに関してはPAGES以来なので3年ぶりの現場でした。コロナとそれによる別の趣味でだいぶ離れてしまったんですけど、今回アルバムのコンセプトがとても好きだったので思い切って参戦。

 

f:id:chachachaduke:20220703160415j:image
f:id:chachachaduke:20220703160409j:image
f:id:chachachaduke:20220703160412j:image
新潟、ということでゴールデンカムイの子達も連れてきました。

いごねりは残念ながら売ってなかったので佐渡のコーヒーを買いました。苦味が少なく酸味があり、爽やかな味!

f:id:chachachaduke:20220703160516j:image


日本海側は日差しが強く、しかしからっとしていて風が吹くと涼しい!

高温多湿の盆地の民なので、一緒に来た盆地フレンズのお友達と「移住したいね~」なんて言いながら徒歩で朱鷺メッセへ。


紆余曲折を経てチケットを発券。とんでもなく良く見える席だったので二人して震えながらその時を待ちました。セットがちょいレトロな歌番組風で可愛い。今となってはお馴染みのセクベアリズムゲーも手が震えてまともに手拍子ができない。そんなこんなでスタート。


「SUMMER FEVER」

1曲目はこれ!だよね~。今回のアルバムの中で一番好きなナンバーなのでシンプルに嬉しい。

あとあまりにも久々の再会だったので「い、いる・・・!」ときょどってしまった。ツアータイトルのロゴのライトから出てきて神々しかった。その次に続くDesiteriaもセトリ順として大正解。


「Heat」

これまた大好きな曲!なのだけどこの時にケンティーが通路で目の前に来て死ぬかと思いました。誇張なしで世界で一番ケンティーの近くにいた。お友達(健人担)は椅子に倒れてました。私もしばらく放心してた。ケンティー、お肌つるつる。汗が光り輝いてた。


Sexy Zone,君にHITOMEBORE,麒麟の子」

出ました歌番組メドレー!昭和アイドル風の編曲,シンセ,衣装。何を取ってもすごく良かった。音源欲しい。ひっとめぼれ〜ひっとめぼれ〜

セクゾはデビュー曲はアンコールで決意表明のように歌っていた印象だったのだけど、今回は楽しくメインメドレーに入れていたので曲に対するイメージも少し変わったかも。


「THE FINEST」

制限時間付き生着替えの後は気を引き締めてアルバムトラックへ。トレンディーな振り付けが楽しい(すぐ踊り出すオタク)。


「RTT」

通路に風磨!!!!風磨からハンドクラップをレクチャー。ちょっとミスってて可愛い。モニターに映る譜面を見たいけど風磨を見たいから見れない。リズムが分からない。ジレンマ! でもRTTの曲に合わせるとなんだかんだ打てるようになる。音楽経験者の意地VS風磨。


Freak your body」

ド派手な衣装で登場。暑そ・・・と思っているとセンステの床から湧き出る水を蹴る振り付け!衣装は暑そうだけど演出は涼しそうでした。どんな生地使ってるんだろう。


Lady ダイヤモンド

昭和アイドルの寝起きドッキリ風の映像の後、女装したセクシーちゃん達登場。待ってました。オタクは女装に弱いんだ。レディダイのキラキラサウンドと女装,女性性の高い演出の相性は最高。リリース当初よりも2音下がったレディダイも今となっては憂いと哀愁のバランスが絶妙。


「休みの日くらい休ませて」

スーツで登場! エンディングのクレジットの衣装協力には「AOKI」の表記が。

思ったけどこの曲、歌詞の内容的には管理職のぼやきに近い気がする。

セクシーちゃん達も若くして11年目で中堅の立ち位置。きっと大変なことも多いだろうけれど、でも今回のコンサートは全体的にいい意味で肩の力が抜けた、ラフなコンサートだったと思う。


「ぎゅっと」

突然の自分語りなんだけど、私にとってこの一年は、普通に就職して誰かと結婚して普通に帰って普通に眠ることがこんなにも難しいなんて、と思った一年でした。だからこの歌詞を聴いた瞬間すごく悲しくなってしまって。でも風磨くんが「普通ってなんでしょう? でも普通があるからこそ今日のような特別な日が輝くのではないのでしょうか」と言ってて。「普通」に縛られて悲しくなるのが私の「普通」で、だけどコンサートの瞬間だけは「普通になりたいともがく私」を忘れられる、大事な瞬間なのだと感じました。やっぱり私は「ぎゅっと」が大好き。


「Foevr Gold」

「世界からアイドルが消えた」という衝撃的なニュースから始まる映像。(これはひょっとしたらコロナの隠喩ではなかろうか、と今になって思う)

会社員になった健人、風磨、勝利、聡はそれでも表現したい!という思いを胸に日々を送る。ある日、アイドルに変身できるカードを見つけ、彼等は走り出す。→ステージに登場、という流れ。

変身シーンのバンクがやたらと凝っててめちゃくちゃ湧きました。Sexy Zoneってプリキュアだったんだ・・・


演出

昭和の歌番組風で、ステージ上部に曲目を示すパネルがあるから分かりやすい。

ネオンがおしゃれ。

ラストは「Dream」。夏の夕暮れ風にオレンジのライト。泣いちゃう。セクシーは夏と相性がいいね。


MC

ケンティーのMCで印象的だったのは、合間のMCの団扇の風で俺たちの吐息を感じて欲しい、的な発言。相変わらずでした。いつも汗だくで全力なアイドル!

聡ちゃんの耳元~うなじにかけて貼ってある星型のシールを見て「あと4つ揃えば神龍が出てくる!」と言っていて、時折見せる少年のような一面が彼の人間らしさをより引き立てていたと思います。すごくラフ!これからも彼を見る度にラフとラブを思い出すんだろうな。


勝利くん。センターだから完璧でいなきゃと思い悩んでいたのだそう。けれど尊敬する先輩の背中を見て、余裕があるのって格好いいと気付きを得た、と。もっと力を抜いていいんだよ!


特に印象的だったのは聡ちゃん。合間のMCでも言ってたけど、聡ちゃんはとにかく家族連れの方や子どもに優しかった。お水飲んでねとか、家族連れ増えたね~とか。

「僕は数あるお仕事の中でもコンサートが一番好きです。みんなはテレビや雑誌を通して僕たちに会えるけど、僕たちが直接会えるのはコンサート。(略)今日来てくれたちっちゃい子達が、将来大きくなった時にSexy Zoneのコンサート行って、すごく楽しかったんだ、と言ってもらえるようなアイドルになりたい」(ニュアンス)的なことを話していました。実は聡ちゃんとはこの日が初めましてだったのだけど、聡ちゃんから直接コンサートが好きという言葉を聞けて嬉しかった。健やかでいてね。

 


それと、今回の記事のタイトルにした風磨くんの言葉。「今日は特別な日だけど、たとえ普通の日でもその普通に寄り添えるようなグループになっていきたい」 これに尽きる。とびきりのおしゃれをして大好きな人達に会うコンサートも大好き。だけど毎日の通勤で聴くセクゾの音楽も大好き!やっぱりセクゾのことが好きで、日常に寄り添う彼らのことをもっと大切にしたい、そしてそのためにも自分のことももっと大事にしたいと思いました。


全体的に肩の力が抜けた良いコンサートでした。私の熱量が落ち着いたというものあるけれど、なんというかカップル解消後の二人が偶然街中で出会ってお互い元気そうにやっててよかった、という感じ。

世の中不確定なことが多くて、私も年を取る度に好きなものが移ろっていく。そんな中でもこうしてコンサートを行えて、お互いに会えることってこんなにも幸せなんだなと思いました。とっても満足です! 年々成長していくセクシー達とまた会える日が楽しみです!

 

 

p.s.

auだったので電波障害をもろに食らって焦ったけれど、行きの新幹線のWi-Fiでデジチケを表示してsafariのリーディングリストに登録して事なきを得ました。二次創作もチケットも紙が最強。

 

現実はがむしゃらに来るし―鯉登少尉と、ゴールデンカムイに救われた話―

 

 

白馬の王子様がいると本気で信じていた。

幼い頃に一番好きだったディズニープリンセスは白雪姫。寝ていれば迎えが来ると本気で信じていた。

ジャニーズで担当を名乗っているのはSexy Zone中島健人。彼も王道の王子様キャラである。彼もといジャニーズに興味を持ったのはキンプリがデビューして間もない頃。それまでのジャニーズでよく見かけていた、ちょっとやんちゃだったり近所にいるお兄さんのようなコンセプトのグループには一切興味を示さなかったけれど、シンデレラガールのMVを見た時にやっと時代が追い付いたか、と生意気にも思った。


そんな「王子様」が好きな私はある日を境に王子様を信じなくなった。

きっかけは高校生の頃、少女革命ウテナとの出会いだった。当時はまだ白馬の王子様がいると本気で信じていて、主人公のウテナが「王子様に憧れるあまり王子様を目指す」という物語に心酔した。女の子が王子様を目指す。女の子だって王子様になれる。同時進行で美少女戦士セーラームーンセーラーウラヌスもこじらせていたので、期待値はうなぎ登りだ。

しかし現実は甘くなかった。ウテナはどう足掻いても「女の子」だった。女の子は王子様になれないことを視聴者である私に叩き付けた。ドレスを着たウテナも、男に抱かれているウテナも、劇場版のラストでウテナとアンシーが向かう先には地獄が待っていることも、全て現実だった。

女の子は男の子の飾り物。もし女の子が王子様になれたとて、「お姫様」はお姫様のまま。大人の男は信用ならない。男の子が全員王子様になれるとは限らない。

私の思春期は、ウテナによって叩き付けられた現実と共に幕を下ろした。

とはいえ私は少女革命ウテナの物語が大好きだ。人生のバイブルでもある。けれど同時に、私の人生観を一筋縄にはいかないものにした。深くは語らないけれど、大学でジェンダーを勉強したり、百合小説を書くきっかけにもなっていたと思う。


私の一筋縄ではいかない思想もあってか、社会人になってから社会とのギャップでメンタルが持たなくなり休職した(というか普通にセクハラだった)。ゴールデンカムイ(以下:金カム)との出会いはそんな時だった。

TLで見かける「鶴見」「月島」「鯉登」の文字列が美しいと思ったのが興味を持ったきっかけだ。

この時は人生で1,2を争うレベルで具合が悪くて起きるのもやっとだったけれど、作中序盤の美味しそうなグルメと小学二年生の男児が喜びそうな下ネタで笑えたことが何よりもの救いだった。金カムを読むことしかできなかったけれど、金カムを読むことならできた。

その中で最も好きなのは鯉登音之進。彼の第一印象は鶴見・月島との関係性込みで「百合じゃん!!!」。序盤の鶴見・月島・鯉登の並びはマリア様がみてるのそれだった。鯉登の、鶴見中尉のことを盲信してブロマイドを持つ姿も、鶴見を目の前にして早口の薩摩弁になってしまうのも、女子校育ちの身としては心当たりがあり過ぎて親近感が湧いた。曲芸をさらりとこなす姿はジャニヲタ経験者の心を擽った。

しかし鯉登は次第に鶴見の行動に疑問を持つ。鯉登は自身と月島、自分の部下達が鶴見中尉の芝居によって巻き込まれたのではないかと疑うようになる。

鶴見の思うがままに動く月島、それを開放したい鯉登。鳳暁生・姫宮アンシー・天上ウテナの構成と気付いた頃には、金カムと並行してドストエフスキーを読めるくらいには元気になった。

物語の解釈のいろはをウテナで学んだ私は、ことあるごとに彼らの関係性をウテナに例えて解釈した。何度考察しても、鯉登はウテナ、月島はアンシー、鶴見は鳳に辿り着く。鶴見中尉という王子様に出会い救われた鯉登少年は鶴見中尉のような王子様を目指した。月島は鶴見中尉という王子様に救われ同時に雁字搦めになった。

鯉登は「王子様」を目指す中で自分の道を切り拓く。自分の信じた鶴見中尉という「王子様」の像を疑い、切り捨て、月島を救い出し、光へと突き進む。鯉登は自身を、月島を、第七師団を、革命した。

自分の信じてきたものを曲げて新たな道に進むことは非常に困難だ。だって今までの人生を全否定するようなものだから。それを受け入れてでも部下のために前に進む鯉登少尉のことを、私は心の底から祝福したい。


冒頭で私は王子様を信じられなくなったと言ったけれど、鯉登は私の世界をも革命したのかもしれない。王子様は、ヒーローは、存在する。たとえファンタジーの中であろうとも、存在する。鯉登少尉が私の中で痛快で堪らなかったのは、かつてウテナが叶えられなかった「王子様になる」という夢を、鯉登自身が叶えたからだろう。鯉登は男の子だから王子様になり得たと言われたらそれまでだ。しかし男の子だからと言って全員が王子様になれるとは限らない、ましてや闇堕ちと隣り合わせの世界で光の道を選んだ彼のことを、私は一生愛するだろう。


鯉登少尉だけではない。作品そのものが私への救いだった。男性のコミカルな描かれ方を見て、「男のことを笑ってもいい」という許しを学べたことは今後の人生に役立つだろう。会社でむかつくことがあったって、裏で上司のことを笑い飛ばしてやればいい。ばれない程度に馬鹿にしたっていい。こうして嫌なことを吹っ飛ばして社会とうまく付き合うのがこの世で生き抜くためのコツなのだと、金カムを読んで学んだ。体調はすっかり良くなった。復職の日も近いだろう。


休職のタイミングで金カムと出会えたことは幸いだった。本当に本当に救われた。人生の見方が変わった。久々に推しもできて、毎日が楽しくなった。お金を稼ぐ理由もできた。少し前までは出かけるのもやっとだったけれど、今はおしゃれをして金カム展に出かける日が待ち遠しい。お金を貯めたら北海道へ旅行に行くつもりだ。夏にはセクゾの新潟遠征が決まっているので、現地で鶴見・月島・鯉登も感じられたらいいな。


兎にも角にも、金カムが私の人生を語る上でなくてはならない作品になったことは確かだ。休職中に金カムにどハマりしたことを思い出のように話せる日を今から楽しみにしている。ゴールデンカムイという作品に出会えて、私は今とても幸せです。ゴールデンカムイと野田先生と物語を彩った彼らに、ありったけの感謝と拍手を!まだ読んだことのない人は、この機会にぜひ。

 

 

ひなたの道を、歩けるように-カムカムエブリバディに救われた話-

 

3月。私はひなたの道を歩けなくなった。

新卒の会社を休職した。

前触れはほんの些細なことだった。

会社の人に言われたことに、傷付いてしまった。

言った本人達は皆気にも留めていないだろうけれど、傷付いた原因を深堀すればするほど、私はマイノリティであることを知った。昨年の12月頃のことだ。


自分がマイノリティであることに対する戸惑い、嫌悪、恐怖。社会の無理解。一度に色んな感情が押し寄せてきた。連勤も続いて、心身共に不調が出てくるようになったのが1月。連続テレビ小説「カムカムエブリバディ」と出会ったのは、丁度その頃だった気がする。


父が録画していたのをたまたま見かけて、そのエピソードに北斗くん演じる稔さんが出ていた。好青年で、一気にこのドラマに興味を持った。そこから安子編を少し見た。戦時中、私達よりもおそらく若い女の子が子どもを産み、同級生同士で「おめでとう」と言い合う時代と今の時代とのギャップに驚いた。大学時代ジェンダーについて勉強していたこともあり、一瞬で興味を持った。


ちょうどリアルタイムではひなた編が始まっていたので、そこから合流することにした。私が朝ドラを見るようになったのは、この作品が初めてだ。


出社していた頃は23時半頃に寝る生活をしていたので、一日のご褒美として見るようになった。錠一郎を演じるオダギリジョーに会えるのがとても楽しみだった。この頃は通勤電車に乗ると動悸が止まらなくなって大変だったのだけれど、なんとか持ちこたえられたのは大月家でほっこりできたからだと思う。


けれども病院で処方された頓服も効かなくなり、会社ではミスを頻発。動悸と涙が止まらなくなって休職することになってしまった。休職を申し出る前日も情けなくてベッドでずっと泣いていた。

休職して数日は寝込んでしまって何もできなかった。唯一の楽しみはカムカムだった。一回15分なので、疲れ切った心と頭でも楽しむことができた。この頃は情緒も不安定だったので刺激の強いコンテンツは辛くて見ることができなかったのだけれど、カムカムはとにかく暖かくて見ることができた。ひなたとるいの親子の絆にいつも励まされていた。ひなたと五十嵐の恋の行方にどきどきした。五十嵐と虚無蔵さんの舞台にかける思いに心が焼けた。ひなたが失恋した時の涙を、美しいと思った。


休職生活にも慣れた頃、朝起きられなくなった。昼夜が逆転しかけていた。担当医に相談すると、病気ではないから早く起きようね。できれば午前中外出もしよう、と言われた。その日から私は、朝ドラを朝見ることに決めた。BSの7時半から始まる回だ。早く起きればカムカムを見られる。そのおかげで、起きれるようになった。リハビリで外出できるようにもなった。ひなたが英語を使いこなせるようになった頃の話だ。話は逸れるけれど、ひなたが必死に英語を勉強している姿を見て浪人時代を思い出した。私にも必死に何かを取り組むだけの気力はある。頑張れる。大切なことを思い出させてくれた大好きなシーンだ。浪人が決まった時はどん底だったけれど、そこから這い上がれた。きっと私はまた、這い上がれる。


最終週。ひなたが海外から帰国する描写を見て、すごく救われた。私が憧れている女性の姿があった。ひなたはひなたの幸せを掴んでいた。そうだ、私もこんな女性として在りたいと思い出した。

るいと安子の再会もそのために奔走するひなたも、眩しかった。陳腐な感想になってしまうけれど、再会できて本当に良かった。萌音ちゃんの安子と子役のるいの回想シーンも良かった。大団円のラストだった。


カムカムの公式インスタとHPを見て、終わってしまったことを実感している。正直寂しい。けれども私の人生は続く。今は暗い道かもしれないけれど、頑張ればひなたの道に辿り着けるのかも。寄り道したっていい。だってそれも、きっとどこかで繋がるはずだから。そんな希望を教えてくれた、素敵な愛のあるドラマでした。カムカムに、溢れんばかりのありがとうを!

 

Life can be so sweet on the sunny side of the street.


https://www.nhk.or.jp/comecome/message/

 

人生と、五条と夏油にキレている。

 

12月。死ぬかと思った。死のうと思った。死にたくなった。

大好きなアイドルが卒業した。11月に観に行った舞台で主役を張っていた女優さんが帰らぬ人となった。10代を捧げたバンドが解散を発表した。

容赦ない連勤。ハラスメント。弱るメンタルに委縮した脳で働く私。怒られる私。

だからこそ余計に12月23日深夜24時からの劇場版呪術廻戦0の最速上映が楽しみだった。それが唯一の支えだった。

 


劇場版の一番の目当ては夏油傑だった気がする。夏油傑が好きだからこそ、24日0時にこだわっていたのだと思う。

定時で上がり、その足でホテルに向かい、化粧を直す。

おろしたての服を着て、予約した美容院でブローをしてもらってから待ち合わせの場所へと向かう。夏油傑は舞台俳優か何かだったのだろうか。そんな疑問を抱きつつも、大好きなコンテンツのために足を運ぶための準備は楽しかった。好きな服を着て、髪を整えて、香水をひと吹き。舞台やアイドルを追いかけていた頃から何一つ変わらない。私はそんな非日常を心の底から愛している。

 


初めて見た回のことを、よく覚えていない。呪術廻戦本編における大本命の冥冥が突然登場してからの記憶が曖昧だ。その他唯一覚えているとしたら、家入硝子が意味深な台詞を残していたことだろうか。終わった後、ミッドタウンをぐるぐる回りながら謎にキレ散らかしていた記憶しかない。(※家入硝子についてはノベライズが見解を示している。解釈一致で非常に安心した。)

 


その後も1日1呪術と言いながら連日見続けた。とてもじゃないけれど、あの情報量を一度や二度で処理なんてしきれない。

夏油傑が好きと言っておきながら、ずっとずっと乙骨憂太について考察していた。

考察については以下の記事にまとめている。

https://netarinaiotome.hatenadiary.com/entry/2021/12/25/221828

乙骨憂太を取り巻く表象は、非常に凝っている。対比構造、台詞、映像学的な視点…見れば見るほど発見のある乙骨憂太と折本里香の関係に取り憑かれたように劇場に足を運んだ。もちろん原作は読んでいるけれど、声や動き、色が付くことによって初めて気づくこともある。それがすごく楽しかった。

 


異変があったのは5回目の鑑賞。ようやく映画の全体像が掴めた頃の話だった。

乙骨憂太と折本里香の考察も落ち着いたからだろうか。後半からずっと夏油傑について考えていた。ミミナナの「地図にも載ってない~」のところから情緒がおかしかった。

 


だってあんなに追い詰められて、自分と同じ境遇(=呪術が扱える)の子どもが虐げられているのを見たら、そりゃあ村一つ滅ぼすよね、と。そんなことを考えるようになってからはずっと夏油傑の視点で作品を鑑賞していた。夏油傑を照らす朝焼けが、悲しいくらい美しかった。

 

 

”悟の帳の中は夜で真っ暗なのに、傑の帳の中は朝靄?とにかくコントラストが薄くて、少なくとも夜とはかけ離れていて。白昼夢だったのかなあ?でも帳が解けた後の朝焼けは悲しいくらいに美しくて。目の前には親友がいて。どっちが夢でどっちが現なんだろう。―って思ったら涙止まらなかった”


”夢だったらいいのにな、逆夢だったらいいのになあ、”


”この世界では心の底から笑えなかった、とか、一連の行動とか、どうして彼は白か黒かでしか判断できなかったんだろう。それほど真面目だったんだろうけど、それが彼を苦しめたんだ せめてグレーという選択肢があれば どうして悟を頼らなかったの。”


(以上鍵垢ツイートより)


上映後、涙でぐちゃぐちゃになりながら電車の中でそんなことを呟いていた。劇中、傑の帳の色と空の色に気付いたところで涙が止まらなくて、気付けば悟がいて、いつの間にか里香は解呪していて、そのまま怒涛の勢いで逆夢が流れ始めて、私はずっと夏油傑が最期に見た朝焼けの色を思っていた。


どうしてこうなってしまったのだろう。何が二人を狂わせてしまったのだろう。私には分からない。


”悟が新宿の雑踏で躊躇したのは、少なくとも傑に負い目があるからなのでしょう、きっと”


”2017年って傑が呪詛師になってから10年なんだよな なあ、 10年も 10年も.....”


”最強と呼ばれているのに、傑の中での最強(に近しい定義)になれなかった 何者にもなれなかった悟.......? だから頼りのない僕もいつか〜なのか”


”あなたが望むならこの胸を射通して(傑視点)

頼りのない僕もいつか何者かになれたら(悟視点)   か、”

 

呪術廻戦というコンテンツと出会ってから約一年。思えば、私は夏油傑という存在からずっと目を逸らしていたのかもしれない。

夏油傑は、私が初めて呪術廻戦という作品に触れた時に最もしんどくて好きだったキャラクター。当初は創作も夏油傑をメインに行うつもりだった。


けれど彼等のあまりの過酷な運命を処理しきれず、私は夏油傑のことを考えることを放棄した。記憶の奥底に深く沈めた。今回映像化したコンテンツに足繫く通い、考察を繰り返してようやく彼のことをほんの少し理解できたのだ。呪術廻戦のアウトプット(=創作)は専ら百合なので、夏油傑に関しては新規も同然だった。


五条悟と夏油傑について考えるとずっと苦しい。けれど同時に、現実逃避特有の浮遊感を私に与えてくれる。


少し私の話をしよう。

私はこの一年間ずっと百合夢を書き続けてきた。それに関連してなのか、諸々も自覚をした。これは社会人になってからだ。女子校女子大と温室で育ってきたからなのか、自分のことを疑問に思う機会がなかった。それはまるで、本当は左利きなのにずっと右利きだと勘違いしていて、ある日突然左手の方が上手くペンを使いこなせることに気が付いたものの、当然のように右利きの人を中心に世界が回っていることに怒りを覚えることに近かった。


「好きな人はいるの?」「結婚は?」「いい男の人いたら紹介するよ」「〇〇さん(男性の先輩)とかどう?ここで浮いた話があれば楽しいのにな」


全部全部、会社の飲み会で浴びた言葉だ。冒頭で述べた12月の災難に加えて、だ。社会は私をなかったことにする。穏やかにかつ鋭く私を傷付ける。透明にする。私は嘘を重ね、私を滅ぼしていく。とてもじゃないけれど、素性を明かせるような環境じゃないからだ。


私が百合で創作しているのは、私が私を生きて良いと認めるいわば自己肯定のためなのに、今やそのエネルギーすらも危うい。書こうとすると、上の言葉がちらついて、頭が動かなくなる。脳が拒む。悔しい。


だからこそ、今は百合夢と逆であり裏であり対偶である「男と男の」「フィクションに於けるキャラクター同士の」巨大感情をただ「眺めて」いることにどうしようもない救いを求めているのだろう。百合夢を書く私にとって男と男の巨大感情の傍観はまさに対岸の火事のようなものだ。私はそれを、フィクションであることを免罪符に無責任に消費する。そうすることでしか現実の苦痛を忘れることができないからだ。

 

だから私は今日も、五条悟と夏油傑にキレている。キレるために劇場に足を運ぶ。それが今の私の最大の特効薬だ。

 

p.s.

夢小説ですが、最近全然更新できてなくてすみません。連日映画館にいることに加え、上記の理由で筆が止まっている状態です。落ち着くまでもう少し時間がかかりそうです。今は消費者としてバカ騒ぎして、元気になったら戻ってくる予定です。転職も視野に入れています。来年の目標は会社の人を殴れそうな分厚い百合本を作ることです(※ジャンル未定)。しばらく創作できるか分からないけれど、文章を書くことは好きなのでこういったエッセイとかブログとかはちまちま書いているかもです。引き続きどうぞよろしくお願いいたします。

 

そして、2021年もありがとうございました!良いお年を!!!

 

 

 

 

連鎖する「ふたり」の物語―劇場版 呪術廻戦0 感想と考察―

 

 

12月24日、深夜0時。聖なる夜への足音が近付く中、オタクたちは都内の映画館にいた。劇場版 呪術廻戦0の最速上映を見るためだ。

 

劇場版呪術廻戦0を見てきました。

制作が決まった時からこの日をずっと楽しみにしていて、23日に定時ダッシュしてホテルに向かって準備して最速上映に臨みました。久々の現場感のあるイベント、浮かれ具合がすごい。

 

結論から言うとものすごく面白かったです。満足感がすごい。テンポ良く進む。推しがサプライズ出演して記憶が飛んだ。一緒に連番した他界隈のオタクは乙骨憂太に落ちかけて翌朝化粧ノリが良くなったと言うから、乙骨憂太はジャニーズJr.かもしれない。

 

最初に見た時は情報量が多すぎて茫然としてしまったけれど、3回観てようやっと落ち着いて処理できるようになったので、感想と考察をつらつらと述べていきたいと思います。多分あと数回は観に行くんじゃないかな。回数見る度に新しい発見があるから本当に飽きない。

 

【トピックス】

・乙骨憂太について

・当作品における対比構造

・当作品における演出

→「赤」と「血」

高専の椅子

・当作品における「ふたり」

→乙骨憂太と同級生

→五条悟と夏油傑

→乙骨憂太と夏油傑 


・乙骨憂太について

当作品は乙骨憂太の登場から始まる。紆余曲折を経て高専の門をくぐる足取りが弱々しい。無駄に広い空間でご飯(肉の類が一切なかった)を食べるシーンが辛い。共有スペースの廊下にある水道で一人、歯を磨くシーンだけで泣けてくる。乙骨くんの孤独を思うだけでめちゃくちゃ泣ける。ただこのシーンがあったおかげで「乙骨憂太の物語」として受け取る下地ができたのか、乙骨くんの声を聞いても「エヴァじゃん!!!!!」というノイズが入ってこなかったのは良かった。あの声は間違いなく、乙骨憂太だ。


・当作品における対比構造

この作品には一度では処理しきれないほどの対比構造がある。分かりやすい例でいくと五条悟と夏油傑の掛け軸だろう。五条悟の「天上天下唯我独尊」夏油傑の「愚者には死を 弱者には罰を 強者には愛を」 ここに明確に二人のスタンスが示唆されている。

乙骨憂太の場合だと冒頭でも述べたようにオープニングで背中を丸め、弱々しい一歩で高専の鳥居をくぐる→「呪術廻戦」のロゴが出る、という印象的なシーンがある。それに対して小学校での任務の時に帳に向かって踏み出した一歩を思い出してみよう。ものすごくダイナミックに描かれている。呪霊の体内で真希に高専に来た意味を問われ、初めて自分の意思で里香ちゃんを呼び出した乙骨憂太の覚悟が伝わるだろう。


・当作品における演出

→「赤」と「血」

この作品では人間の血が印象的に描かれている。また、場面転換で効果的に赤い照明(のような効果)が使われている。原作で里香が小学校の呪霊をぐちゃぐちゃにしながら「りか あか すきぃ」と言うシーンがあるが、劇場版では呪霊から出る紫の液体を見て「りか きれいなの すきぃ」に変更。呪霊の血が紫になった。里香が無邪気に「きれいなの すき」と言うのもなかなか癖に刺さるけれど、人間の血を印象付けるための演出だと考えられる。その証拠にモブが死ぬシーンでは血がしっかり飛び散るし、何と言っても夏油傑が真希の血を踏みつけるシーン。傑の秘書の菅田は非術師から流れ出た血を「汚らわしい」と言って全力で避けたのに対して、傑は真希の血を踏みつけたことに何か意味があるのではないか。禪院真希。血。非術師。夏油傑。考え込んでしまう。(呪術師とその血に興味のある人は呪術廻戦17巻を読もう)


高専の椅子

さらに印象に残った演出がある。五条悟と夏油傑の過去について触れるシーンだ。

五条悟の回想――「弱者共存」の言葉と共に出てくるのは高専の教室に三つに並んだ机と、真ん中の机に向かい合わせに置かれた椅子。その後、「君は最強だから五条悟なのか?(以下略)」新宿での離反→三つに並んだ机と椅子、というカットが入る。原作で硝子の席だった一番左端の座席はそのまま。一連の描写は3人のスタンスの示唆とも読み取れる。劇場版ではこの演出に加えて硝子が登場する。硝子が傑への姿勢を匂わせたことによって傑と悟の関係性のウェットさが際立った。葛城ミサト加持リョウジ赤木リツコまでとは言わないが、各々が各々なりに過去を断ち切れないでいることが分かる。


・当作品における「ふたり」

→乙骨憂太と同級生

まず乙骨には里香の存在という大前提があるが、それ故に乙骨は孤独を否定できず高専に入学した。彼は高専での交流を通して心を開いていく。

小学校で乙骨が初めて里香を自分で呼び出したシーン。あれは目の前の瀕死の少年二人が里香と重なったからではなく、自分で覚悟を決めたからだ。真希はダイレクトに乙骨に訴え、乙骨は自分の行動源泉を思い出す。反対に真希も乙骨の言葉によって救われている。戦う理由を思い出した乙骨は狗巻君を通して誰かと共に力を合わせることを知る。同級生との交流を通して乙骨も時間を塗り替えながら少しずつ成長していくことがしっかりと描かれている。


またパンダはパンダで、乙骨と真希の関係性にどこか期待を抱いているように見える。乙骨と里香のことを知っている上で、だ。人(パンダ)によって見える現実は異なること、当事者レベルで他人の過去を知らない人間は異なるレンズでその人のことを捉えてしまうことの暗喩だろう。呪術廻戦はこの視点の描き方が通常運転だ。


→五条悟と夏油傑

この二人については様々な解釈があると思うけれど、私も残しておこうと思います。

天上天下唯我独尊」「愚者には死を 弱者には罰を 強者には愛を」がそれぞれの思想であることは先述の通り。悟の「天下唯我独尊」は最上という点のみであることに対し、傑の思想は序列が存在する。「強者」が最上に該当するだろう。傑は悟という最上を救いたかった。だから序列という概念が存在し、皆殺しの思想に行きついたではないか?というのが私の見解です。ここはもう一度8と9を読んで復習したいところです。


→乙骨憂太と夏油傑

この二人の共通点は互いに最愛の存在がいることだろう。乙骨は里香が大切だったからこそ死を拒み里香という巨大な呪いを生み出した。傑もまた、悟を気にかけていたからこそ最悪の思想に堕ちた。私はそう解釈しています。


乙骨憂太の成長・解呪物語として始まったのも束の間、中盤から夏油傑の視点が入り物語が急激に加速。乙骨憂太と夏油傑の二軸で繰り広げられる物語は本当に面白かったです。


最後に、里香とうずまきがぶつかり合うシーンが光のみの演出だったシーンの原作に於ける章のタイトルが「眩しい闇」という事実と共にこの記事を締めます。何から何まで完璧で痺れますね。呪術廻戦という作品に出会えて私は幸せだよ!!!!!!

ジャニヲタ視点で語るワールドトリガー

みなさんこんにちは。

ジャニヲタを経験し紆余曲折を経て2次元に戻り夢小説をひたすら書く生活になり早1年弱。色んなジャンルを渡り歩いてきました。某バレー漫画に某呪術漫画。男女も書いたし百合も書いた。同人女よろしく本も出した。もちろんその間にテニミュに行ったり、宝塚に片足を突っ込んだりして、舞台界隈にちょろっと戻ったりもしました(これはこれでいつかお話しようと思います)。

 


そんな私が現在どハマりにどはまりしているジャンル、それが標題のワールドトリガー。どハマりしたのが昨日の今日の話なので、勢いのままに綴らせてください。理解がまだまだ浅い故多少の齟齬は先に謝っておきます。

 

 

 

まずワールドトリガーの存在を知ったのは今年の1月ぐらい。当時私がいたジャンルで知り合ったフォロワーさんがワートリのオタクで、なんだが設定が凝った漫画、という話をそこで伺います。そしてなんと私の弟が全巻持っていることが発覚。早速借りて、読む..........が、なかなかうまく私の中でははまらず。

 


ここがミソ。後ほど詳しく説明しますがこの物語はなんと行っても「遅効性」が売り。我慢した者が到達できる愉悦。結論から言うと私はどハマりするまでに漫画・アニメまぜこぜで3周しました。5月に1周目(漫画)、8~9月に一部エピソード2周目、そして11月に入ってから漫画+アニメで3周目。

 


3周してでも食らいついたのは、周りが口を揃えてワートリ面白い!と言う中でワートリの面白さに気付けなかった私が嫌だったから。また、ワートリが好きな人の狂い具合がすごくて、そこまで人を狂わせるジャンルはどんなものなのかを私も体感したかったから。ここまで来ると意地との勝負でした。

しかしそもそもなぜ私は何度履修してもうまくはまれなかったのか。理由は主に、あまりにも多い登場人物とチーム、そして複雑な技の組み合わせと作戦。そのくせ私は動画が大嫌い。動画のために時間を縛られるのが嫌でした。ワートリはアニメも放映されているけれど、アニメで履修するくらいなら漫画を速読して概要を抑えられればよくない? そう思って基本は漫画だけで済ませる予定でしたが、11月に入ってから受けたワクチンの副反応で「本を読み内容を処理する」ことに困難が生じたため、動画ならいけるのでは?どうせやることないし、とついにワートリのアニメを見始めることに。

 

 

 

..........これが大正解!!!!!!!!!!!

 


まずワートリのアニメは登場人物が出てくる度に名前が出てくる。そう、これは実質ザ少年倶楽部なのだ。「このかっこいい子/可愛い子誰!?」となった時に巻き戻せば大体名前が抑えられるし、なんと言っても毎度名前を出してくれるので嫌でも名前を覚えられる。漫画でも毎度名前を出してくれるけど、ジャニヲタ経験者的に動画でそれをやられるともうそれだけでテンションがぶち上がる。そしてこれは間違いなく「顔と名前が一致しない!履修やーめた!!!」と離れるオタクのグリップの役目を果たしている。

 


こうなると物語の全てがジャニーズに見えてくる。ボーダーは事務所。B級隊員はジャニーズJr.。何を言っているのか分からないが、私はこの構造をそう解釈した瞬間、ボーダーという組織を"""理解"""した。

 


また、ボーダーにはB級ランク戦なるものが存在する。B級のチーム同士で行われる模擬戦で、お互いに技を磨き合う訓練だ。ここで得た点で、組織の中での序列が決まりA級部隊(エリート部隊)を目指せる、という仕組み。ジャニーズJr.がグループを組みグループ同士切磋琢磨している図、と言うとイメージしやすいだろう。

 


ただしこのB級ランク戦はあくまでも訓練。本来の目的は近界民と、彼らの兵器であるトリオン兵を倒すこと。

そのため有事の際彼らは部隊の垣根を越えて「ボーダー」という組織として戦う!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!これが胸熱なんだよ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 


もうね〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜普段ライバルでバッチバチに戦(や)り合ってる子達が指揮官の命令のもと陣形を取って攻撃していく図がも〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜かっこよくてかっこよくて。

基本的にランク戦のチームは、1チーム「射手」「銃手」「狙撃手」大きく3つのパートで3~4名で編成されるのだけど(※例外あり)、有事はそれぞれのパートに分かれて攻撃に入ります。これが壮観なの、本当に。普段EXシアターや日生劇場等々別の箱で頑張ってる子達が一気に横アリに大集合してる感じ。シャッフルメドレーとも言う。それぞれ普段違う推し部隊のあの子とあの子が同じ場で戦うかもしれない。オタクの夢が詰まっている。

 


そしてこの陣形が見られるエピソードでは事務所でいうところの堂本光一くんぐらいのポジションの人物が剣を抜きます。これがまじで格好いいからまじで見て!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!大大大先輩が見せる本気にオタクは弱いんだよ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

ここまでで言いたいことはざっくりと言えたけど、まだまだ魅力がたくさんあるから綴っていくよ!

 


まずこの作品の魅力は先述の通り「遅効性」。ゆっくりじわじわと、確実にオタクを沼へと引きずり込む。この最大の要素は伏線だろう。

とにかくこの作品、登場人物を格好よく登場させるための伏線に余念がない。登場した時に「この子、すごく格好いい!!!!」と思わせるための最適解となる伏線が要所要所に散らばっている。この伏線が回収された時に初めて、オタクは沼に引きずりこまれる。ちなみに私は三輪秀次の登場の仕方が大好きで、この時にワートリの面白さに気付きました。

 


またワートリは一人一人の組織の中での在り方が非常に良く描かれている。

ボーダーではそれぞれの自分のポジションの先輩に弟子入りすることが可能で、師匠が弟子のために他の隊員を紹介したり、死ぬ気で守る姿勢を垣間見せてくれる。時には上層部の大人に根回しする強者もいる。この縦の関係が見ていてなんとも心地いいのだ。もちろん、先輩のために必死に頑張る後輩ちゃんたちも可愛い。同期や幼馴染の隊員に激重感情を馳せている子もいる。ボーダー(の最前線で闘う隊員)は、十代前半~二十代前半で構成される大所帯。「尊敬する先輩」「憧れの先輩」「〇〇さんに憧れて入隊しました」等の視点でも楽しめるのが魅力なのだ。

 


ワートリには極端なまでの「萌えキャラ」「カリスマ」は存在しない。それはデフォルメチックな絵や、登場人物の背景や心理描写に迫り過ぎないのが要因だと考えられる。しかしそれ以上に、描かれる伏線や人間関係、そして与えられる考察の余地に魅了されるのだ。最近流行りの人が大量に死ぬ地獄ジャンルが抗生物質だとすれば、ワールドトリガーは間違いなく漢方薬だ。

 


しかし私は欲張りなのでやっぱり萌え要素も欲しい!そんな私の性癖にぶっ刺さる、コスチュームがジャニヲタホイホイな部隊も存在する。私は二宮隊の戦闘服が大好きで、シンプルだけどめちゃくちゃ刺さる人には刺さる。アニメで初めて見た時に二宮隊のオタク3連団扇でTDCに入る図が降ってきたし、多分あの子たちあのままSugar歌える。しかもそんな二宮隊、全員進学校出身・現役進学校生での編成。今朝電車の中でそれを知って私は膝から崩れ落ちそうになった。この情報はオフィシャルデータブック『BORDER BRIEFING FILE』(通称:BBF。ジュニア名鑑みたいな冊子)を読んで知りました。これも弟から借りた。ありがとう弟。電車で読むな。

 


……というようにあれよあれよと沼の底に引きずり込まれ、久々の新規ハイを楽しんでおります。楽しい。この楽しさを色んな人に知って欲しいのと、備忘を含めて記事にしました。私と同様せっかちな人は正直はまるまで大変かもしれないけれど、どうかはまってほしい。おすすめの履修の方法は5巻まで単行本で基本的な世界観を抑えて、アニメ1期22話から入るやり方。22話以降から敵や見方の配置・攻撃の出し方などが複雑になっていくので、動画で動きや流れを見せてくれるアニメに頼りましょう。分かりやすいからするする入るはず。それと22話からの大規模侵攻のエピソードから加速度的に面白くなっていくので、ぜひ。

 


ジャニヲタ経験がここまで役に立った二次元のジャンルは初めてでした。オタク生活で得た知識は意外なところで活きる。しばらくこの居心地の良い場所でオタクライフを謳歌しようと思います。気になる人がいたら連絡くれれば全巻送りつけるよ!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

おしまい

 

それは最後の楽園かもしれない―同人女が宝塚観劇デビューした話―

 

新入社員として忙殺されていた私は、自分にとっての宗教を探していた。

大好きだったはずのジャニーズのグループのコンサートはいつの間にか終わってしまっていたし、誰かを推すエネルギーも底を尽きていた。最近の趣味であった二次創作は自分の生き方を見つめ直しているうちに、何も思いつかなくなった。できることが増えた分、仕事の量は増える。上司と仲良くなった分、プライベートに踏み込まれた話をする機会も増えた。

「なまえさんはなんか(浮いた話とか)そういうのないの?」

この時私は、ぽっきりと何かが折れてしまったようだ。

 


結婚の話とか。

恋愛の話とか。

ただでさえ仕事の処理で頭がいっぱいなのに、そこに新たな問題、例えば私にとってのコンプレックスをぶつけるような話題を投げかけられることの多いこと。

宝塚に行こうと思ったのは、そんな社会への呪詛が煮詰まりに煮詰まった頃のことだった。

 


初めてお邪魔したのは宙組シャーロック・ホームズ。会社の最寄駅にポスターが貼ってあって、娘役さんのお顔に一目惚れして気になっていた公演。宝塚は男役が醍醐味なイメージがあるけれど、天王はるか海王みちるのどちらが好きかと訊かれたら迷わず海王みちると即答する私は、娘役のオタクになってもおかしくはないだろうと思っていた。

いつぶりかの日比谷は賑わっていて、眩しかった。

 


結論から言うと、とても楽しかった。とても満たされた。

まずアイリーン役の潤花さん。もうずっとオペラグラスで追ってしまう。吸い込まれてしまう。妖艶さと可憐さと、けれど健康的な表情。たまらない。お歌もお上手でした。そういえば、女声のファルセットを舞台でちゃんと聞いたのは初めてかもしれない。

それから、メアリー役の天彩峰里さん。彼女も超超超可愛い。そしてきゅひきゅひした反応がとってもキュート。美味しいところの持って行き方がお上手な娘役さんでした。ここのカップルの安定感、とても良かった。

それと、デリシュー。こちらも最高でした。キラキラとトンチキはジャニヲタ育ちの私にはたまらない。定番のクラシックを基にアレンジされたMNとダンスとスイーツ。目まぐるしく変わる舞台。花さんと峰里さんを双眼鏡でロックオンする私。別界隈で推しがいなくなってからは、双眼鏡はほとんど使ってこなかった。群舞や全体を見るのが好きだった。それでも、双眼鏡越しに見たい表情があった。私の中で、何かのスイッチが入った。

 


夢の世界にいるようだった。私の理想の女の子たちが、舞台の上で舞っていた。高貴で可愛らしい、女の子。理想の世界は日比谷に確かに存在した。

異性に消費されない女の子。清く正しく美しい女の子。女の子でいることを極めた女の子。女が憧れる女の子が、突然目の前に現れたのだ。

私はテニミュやジャニーズのような男の子のコンテンツが好きだ。でもそれ以上に女の子のコンテンツ(主に二次元)も大好き。なんならこっちの方が歴が長いし、積極的に動いていた。

それでも、なぜか実在する女の子のアイドルは好きになれなかった。理由はきっと、異性に消費される女の子を見るのが得意ではなかったから。異性に消費されることを前提に運営される体制が好きではなかったから。勿論、全てのグループがそのようなコンセプトであるとは限らないけれど、ずっと避けてきた。

だから宝塚という特殊なシステムの中で舞う高貴な娘役は、安心して推せる。観客に対して、娘役の、「女」という部分だけで売らせない、という姿勢があるからだろうか。とにかく女である私も安心して居心地よく「娘役」を応援できることが今はとっても嬉しい。私にとって宝塚の娘役は、最後の砦なのかもしれない。

 


ここ数週間はとにかく推しコンテンツを見つけるために色んなジャンルに触れてみたけれど、一番刺さったのは宝塚でした。何をしても吹っ飛ばなかった疲れが一瞬にして吹っ飛びました。久々に感じる観劇後の特有の気怠さが心地良い。よく眠れそうだ。

これから少しずつ、自分のペースでゆるゆるとオタクができればいいなあ。とりあえず新しいテレビを買えたらスカステに入会しようと思います。

明日からまた始まる呪詛だらけの社会生活も、これで頑張れそうだ。夢の世界にまた会えるその日まで、もう少し頑張ってみよう。

 

f:id:chachachaduke:20210905203403j:image